イシハラマコトのマンボな日常へようこそ☆


by nestvision
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『ぼんち』 山崎豊子/著(新潮文庫)

軽い目眩をおぼえつつ、感動の読了。
ほんと、この人の取材力、大阪への執念は凄いわ。

「ぼんち」とは、かつて大阪商人の最高峰である船場商人文化における、ぼんぼんの上を行くすべてにおいて破天荒なぼんぼんの事を「ぼんち」と言ったところからのタイトル。
山崎の「暖簾」「花のれん」に続く”大阪もの”の第三作である。

  「ぼんぼんになったらあかん、ぼんちになりや。
 男に騙されても、女に騙されてはあかん」
 
 


…、という父の遺言を守り、船場文化の終焉を生き抜く主人公、喜久治の大正末期から戦前の古き良き船場文化の一代記である。

解説には「好色一代記」とあるが、絶対に違う。
好色などという単純な言葉では言い表せない奥深さがあるのだ。
新町や北新地、宗右衛門町に妾宅を置き、お茶屋でのお大尽の数々…。
しかし、そのすべては厳格な船場のしきたりの中にある。
第二次大戦末期の大阪大空襲で、そんなぼんち文化は完全に消滅してしまうのだ。

今の北新地で散財というのとはワケが違う。
ぼんちも命がけで遊んでいたし、女たちも命がけで、そこに在るのだ。

物語としての構成の確かさ、裏付けとしての史実。どれをとっても一級品の小説だが、僕にとってもうひとつのツボがある。

8年前に亡くなった僕の母は、この船場の最後の「いとはん」(=本宅のお嬢)であって、祖父は最後の「ぼんち」であり「旦はん」(店の主)、そして祖母は最後の「家はん」(おえはん=本家正妻)であったという事実とオーバーラップして、更に読み応えがあった。

僕は幼少の頃、普通の男の子的には育てられなかった。

お茶やお能などを習わされ、小学校の友達に虐められたりもした。
そういえば、僕の幼稚園の頃の水着は男の子にもかかわらず、ワンピースの水着であった。
理由は「お腹が冷えるから」である。
ワンピースの方が冷えそうである。

バリバリ船場いとはんの母は、神戸の道など、自分の車で走れないクセに、70歳になってからも、心斎橋界隈は自分の車で、すいすい運転していた。
今でも存続する老舗、「芝翫香」と、「福寿司」に同級生が居たという母だったから、昔のよしみで、合法的に心斎橋筋商店街の中に車を停めていた様である。

母の店は心斎橋筋商店街の小大丸から北へ二軒隣り、今ではゲーセンかギャルのブティックになってる所にあった「鬢付け油屋」であった。
やはり、大阪大空襲で店を失い、その後時代の趨勢もあって店を閉じる。
昔ながらの「白粉屋」や「鬢付け油屋」はファッションの洋装化によって、その消費量は極端に減り、みんな、その商店主としての使命を終えるのだ。
業界で生き残ったのは、銀座の資生堂だけであった。

急いでいるときは常に和装であって、洋装で出掛けるときは一時間ほどかかる人だった。

それらすべてが船場文化の名残とはいえないが、そういう一見、普通でない母の考え方のルーツの片鱗が、少なからず氷解したという心持ちなのである。

あぁ、僕はこの文化の血を半分持って生きてるんだなぁ…と、個人的に、相当に感慨深いのである。

☆じんえもんhan → わてらは読んどかなあきまへん。必読だす。本当のじんえもんさんへのリスペクトの度合いが変わってくると思いまっせ(^^)
by nestvision | 2007-12-09 21:39 | 読みました!review