イシハラマコトのマンボな日常へようこそ☆


by nestvision
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SIN 4月19日永眠す。

b0025405_172194.jpg日曜日、高尾和也から電話が鳴った。

「シンが死んだ…」
「…………。」
楠本心。享年43歳。職業は…、きっとロッカー。

心と最初に出逢ったのはお互いが中学1年生。
部活のバスケット部でが最初だったんだろう。彼の実家はすんごいお金持ちの家で、よく自宅に遊びに行った。プールはもちろん、当時流行ってたローラースケートのバンクが庭に設置されていた。

彼は中学3年生で、デビュー間もないサザンオールスターズのレコードを貸してくれ、そしてセックスピストルズのレコードを貸してくれた。

高校1年。僕たちの最初のバンド「SHAKE」の結成ミーティングで、心をボーカルに起用しようと、リーダーの高尾和也が言い出した。
そして、カッコイイ心の少しハスキー&ハイトーンな声で、僕らのバンドはけっこう人気バンドになった。
「YOU MAY DREAM」や「タイムマシーンにお願い」を男だてらに歌いこなしたのは、心をおいて他にいなかった。

心は高校を中退して、アメリカ村のパンク達の教祖さまみたいになっていた。
いつだったか、用事は忘れたけど、僕は心とアメリカ村を歩いた事がある。
すんごいモヒカンヘアで現れた彼は、「旨いメシ屋あんねん」と言って歩き出した。
道行く、瞼や唇にピアスをしたようなパンカー達が、みんな心に最敬礼した。
この頃から、自分の名前の表記をThinとし、その後SINとしたみたいだ。

ほどなく、「RAVEN」というBarをミナミに開店させる。
バイクとパンクとロックを愛する若者達の溜まり場。
当時もうサラリーマンとなっていた僕は、スーツでよく店に通った。
お店の10周年は屋上ビアガーデンで盛大にやったよなぁ…。

生涯、結婚というスタイルを否定して、最愛の彼女と暮らし続けたSIN。
シドビシャスをこよなく愛したSIN。
RED HOT CHILI PEPPERSのデビューに衝撃を受けていたSIN。
ハーレー乗りだったSIN。
最初に「めし喰うな」という「犬」のアルバムを貸してくれたSIN。
町田町蔵(現作家の町田康)の歌詞に涙していたSIN。
一緒にバンドの練習の後、隠れてタバコを吸ったSIN。
なぜか風紀委員長だったSIN。
「お前は中途半端や」とバーボンを注ぎながら怒ってくれたSIN。

☆風呂場に七輪を持ち込んで、一酸化炭素中毒で亡くなったというSIN。
☆事故なのか…それとも…。はっきりしないが、そんなんどうでもいい。SINがいなくなったのは事実なんやから…。

多分、ずっとSINは”完全なONLY”になりたかったんだと思う。
ブログで読むと、微妙な病気を抱えてたんやなぁ…。知らなかった。

だからでもないけど、僕は醜くなっていく自分と向き合うわ。
加齢臭とか、倦怠期とか、煩悩とか、狡猾とか…、そういうの受け入れて、老いる自分と生きてくわ。そして「このクソ爺ぃ、はよ死ね」と言われても生き続けると思う。SINの分までな…。

日曜日、「お別れの会」があると高尾は誘ってくれたけど、行かなかった。
というか行けなかった。
中学~高校の"同窓生たち"として想い出にしたくなかったんだ。
いつかきっと、バーボンを持ってひとりで墓参りに行くよ。

だから待っとけな。

悲しくはないよ、全然。

でもな…、寂しいよ、悔しいよ、SIN。
高尾、泣いてたでSIN。どうすんねん(^^)

さよならSIN。   
おつかれさん。

また、いつか演ろうぜ!

◎最後にメンバー紹介させてくれ。
Drums 加嶋欽一、Bass 武伸治、Guitar 高尾和也、Guitar 浦上哲朗、Keybord 石原卓、そしてVocal 楠本心。
We Are "SHAKE",Thank You.


※PHOTOはシドビシャス
by nestvision | 2007-04-24 17:24 | 日記desu