イシハラマコトのマンボな日常へようこそ☆


by nestvision
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横井繁廣さん、永眠さる。

横井繁廣さんが、昨日の朝亡くなったと、突然の訃報がやって来た。
享年48歳。ボクのひとつ上。
今、お通夜で最後のお別れをして帰って来た。

横井さんはグリーンズコーポレーションという音楽関係の会社の中心的なメンバーで執行役員でもあられた。
グリーンズは関西でも中心的なコンサート制作の会社。
今日のお通夜にも様々なアーティスト、芸能人、レコード会社からの供花で埋め尽くされた。

ボクがぴあ関西版で広告をやっていた時、編集部でやっていた時、編集長になった時、そして独立してからも、それぞれの時代、それぞれのアーティストのお仕事でとてもお世話になった。
弊社クエストルームの記念すべき第1号のレギュラー仕事も、この会社の会員向けフリーペーパーの制作だった。

ずっと彼のことは知っていたけれど、コンサート会場で会釈するくらいで、もう何年もが経っていた。
それが昨年、たまたまOUTER TRIBEという関西出身のバンドのデビューをお手伝いした時に不思議な出来事があった。
デビューした場合、コンサートの企画、あるいはどう売って行くかなど、ビジネスの面でGREENSに関わってもらったら鬼に金棒だと思ったボクはGREENSの鏡社長にお願いのメールを書いた。
OUTER TRIBEがバンダイビジュアルからメジャーデビューが決まって、彼らにとってアマチュア最後のライブにGREENSの方々も来てくださることになったのだ。
まさかそこに(高槻のライブハウスという辺鄙な現場)、お偉いさんの横井さんが直々に来てくださるとは思わなくて、びっくりしたのだ。
ライブが終わり、ボクも横井さんもたまたま時間が空いていた。(これはこの業界的に言って本当に珍しい)
バンドのプロデューサー氏、レコードメーカーの担当者、そしてボクと横井さんの4人はタクシーをすっ飛ばして阪急東通りの「正宗屋」という居酒屋に深夜行ったのである。

それが去年のこと。

「こうやってちゃんと話するの、何年ぶりですかね」などと遅くまで杯を交わしたのが最後となってしまった。
ずっとスカした音楽業界ににーちゃんだと思ってたのに、彼の音楽やバンドに対する厳しくも愛溢れる言葉の数々は今も心に残っている。

その後、横井さんはこのバンドへの助言を折に触れ、熱心にしてくださっていたようだ。

横井さんの訃報を最初に知ったのは、弊社の昔からの相棒である石角友香から。
そしてOUTER TRIBEのプロデューサー氏が東京から血相をかえて電話して来てくれた。

同年代である横井さんが鬼籍に入られたのは、ボクにとって相当ショックだったみたいだ。自分がそういう年齢に至ったのだと、心から悟った。

帰り道、クルマの中でスガシカオの「夜空ノムコウ」を聴いて帰った。リピートさせて…。
きっとこのアーティストもGREENSや横井さんにとって大事なアーティストだったはず。
横井さんやボクたちの世代は、バブル時代に社会人となり、そしてメディアや音楽ビジネスの興隆を、違った角度で見つづけて来たんだと思う。
音楽と出版という「連隊」こそ違ったが、なんか同じ”時代”に対して戦った戦友の様な気がします。


横井さん、本当にいろいろありがとう。
そしてあの時の正宗屋、とても楽しかったですね。
なぜだか、いっぱい話が出来たよね。
もう少し、ボクはこちらで踏ん張ってみます。

どうぞ安らかにお眠りください。お疲れさまでした。

by nestvision | 2011-02-12 21:20 | 日記desu